八ヶ岳・阿弥陀南稜〜赤岳・南峰リッジ ジャンル
バリエーション
日程 2005年2月11日(金)〜13日(日)
      〔2泊3日〕
メンバー S/Y(CL,記録),imayan

       計2名
行程

2/11 東京8:00ごろ−美濃戸口14:00−船山十字路16:40−立場山稜線17:30
2/12 立場山稜線6:40−立場山8:40−阿弥陀南稜(樹林限界)9:30/10:15−阿弥陀岳14:00−中岳稜線(コル)15:00
2/13  中岳稜線(コル)6:40−南峰リッジ取り付き7:30−赤岳12:30/12:40−行者小屋13:40/14:00−美濃戸口16:30

2月11日

西国分寺駅前でimayanさんをピックアップし,中央高速・国立インターで高速に入り,途中,いくばくかの渋滞に合うが,多くの時間を取られることなく,諏訪南で高速を降りる.美濃戸口には多くの登山者がいた.さすがに3連休である.駐車しようとするが,満車でとめられないとのこと.美濃戸口から道路を下るが,よい場所がない.今度はチェーンをつけ,林道を進むが,沢沿いの場所もすでにいっぱいであった.バックし,林道の交差点に車を置こうとするが,雪に車輪をとられ,動けなくなる.何回か林道を行く登山者が手伝ってくれるがうまくいかない.最後に,学生らしい数人のグループが手伝ってくれ脱出できた.繰り返さないようにして車をとめる.

荷物を整え,船山十字路を目指す.道ですれ違う登山者は美濃戸口に向かうが,逆方向にむかって歩く.三井が開発している別荘地に入り,鉢巻道路から分かれる.車の駐車で時間をとられたが,なんとか稜線まで上がりたい気持ちであった.船山十字路には3,4台の車が止めてあった.船山十字路を通り越し,さらに,林道を進み,沢をわたり,トレースに導かれ,稜線にあがる.テン場を考えるが,稜線が急登になってからは,場所の有無がわからないので,稜線にあがって,少しいったところで,テントを張る.

食当は,imayanさん.晩飯がカレーで,朝飯がラーメン.いずれも具が多くておいしい.

2月12日
テン場を出ると,すぐ,朝焼けを見ることが出来た.昨日に続き快晴だ.立場山の登りでテントを張っている2人組に合う.立場山への登りは明瞭なトレースがある.登り途中,単独行者が追い越していった.立場山から下り,再度,登り直し,樹林限界で装備を身に着ける.この時,2人の単独行者が追い越していった.

写真1 阿弥陀南稜を立場山下降路から臨む

無名峰は,左に巻くトレース通りに越す.P1は左に短いトラバースでロープを使用.P2は,夏道よりも上側をトラバース.さらに,登ってP3基部.

写真2 P2を越えてP3への登路

基部を廻りこみ下降し,ここでロープ使用.ルンゼ下で切る.雪が多く,ルンゼ下は埋まっている.確保を頼み,ルンゼを登る.ロープがフィクスされている.ザイルいっぱいのコールを聞き逃し,仕方なく,固定ロープにプルージックで確保を取り,imayanさんに登ってもらう.imayanさんが少し上がったところで自己ビレイをたのみ,再度,登ってビレイをとり直すが,埋め込みボルト一本.あんまり状況が改善したとは思えない.あとは,2ピッチ順調にロープを伸ばし,稜線に出る.稜線沿いに歩き,P4基部に着く.ルート通り,左トラバースから直上する.ロープ使用.ここはスリップするとヤバイ.さらに,上部岩峰を右から回り込む.ロープ使用.ワンピッチで阿弥陀頂上.コールするが届かない様子のため,多少,下がり,再度コール.imayanさんを迎えて,阿弥陀岳頂上に着く.360度の眺望である.


写真3 阿弥陀岳頂上にて

阿弥陀岳から下降する.下降路は縦走路としてみれば,よくはない.それでも,雪がしまっていてアイゼンがよくきく.コルから中岳方向にルートをとる.阿弥陀岳頂上からだと,中岳頂上付近ではテントを張れそうにない.頂上手前のコルか,その手前だろうと推測していた.中岳方向に登って,少しいったところでテントを張ろうかと言うが,気になったコルまで見にいくと,よさそうなのでコルにテントを,北風を避けるようにして張る.今晩は,S/Yが食当.昨日に比べて,明らかに貧弱.まあ,仕方ないか.imayanさん,さすがに,掲示板の暗証番号を**********とするだけあり,ウィスキーをあおっている.

2月13日
そこそこの快晴.赤岳方向はやや高曇りの気配あり.中岳を越し,文三郎尾根との交差点を目指す.

写真4 中岳から南八ヶ岳南部を臨む 

交差点から,今度は文三郎尾根を下り,赤岳西壁へのアプローチ点まで足を進める.ここで,装備を身につけ,ガレ場を下降,主稜取り着きと南峰リッジとのルンゼまでトラバースする.しかしながら,記憶にある取り付きがわからない.南峰リッジは3本のリッジからなっているが,ルート図によると文三郎尾根に近いリッジは主稜とのルンゼでなく,1つ手前のルンゼから取り着くようである.
気を取り直し,トラバースで戻り,ガレ場となっているルンゼを直上する.リッジ正面の壁をルート図に表記されている1つのルートのように,ルンゼを登り,右から回りこむ.これで,中央のリッジに乗ったことになり,あとは,おおまかには,左にルートをとれば,赤岳・南峰に着くはずである.2、3ピッチ雪面とガレ場のルートが続く.初めてのパートナーの組み合わせか,なかなかロープワークがしっくりこない.ほぼ,1つとなったリッジになると,多少,岩登りらしくはなるが,基本的には,岩登りとは言いがたい.順調にロープを伸ばし,時にはコール確認のため短くきる.隣の主稜には各ピッチに人がいるような状態である.リッジを進み,顕著な岩峰にあたる.岩峰の正面の乗越しをも考えたが,となりの凹角を登ってみようと思い取り着く.ここが,岩登りらしい個所である.この凹角を登り,さらに,リッジが消えてしまったようなガレ場を2ピッチ登って,赤岳・南峰に着く.imayanさんと握手を交わす.

時間的に,地蔵尾根より文三郎尾根のほうが確実かと思い,imayanさんに文三郎尾根を降りようといい、下降に移る.行者小屋,南沢を通り,久しぶりに赤岳山荘で,お茶を戴き,美濃戸口に苦労して止めた車まで帰った.

日本ではその特質から,八ヶ岳に限らないのであろうが,クライミングで既成の何ルートを1本登ったというのは,おそらく,創造性の欠如なのだろう.もし,クライミングが既成の1本のルートのみを対象とするならば,それは,単に技能と体力を競うスポーツでしかありえない.(それはそれで,立派なのだが,少なくとも「アルパインクライミング」とは異なり,僕のきらいなアメリカプラグマティズムのなれの果てのような薄っぺらで,深い哲学と高い思想のない行為でしかありえない---つまり,単なる行為でしかない.似たような現象と人間を世界中で見ることができるが…ちなみに仕事柄,米国の研究者とも付き合うが,僕の米国人の親しい友人は,いくばくか親しい米国の研究者や大学の先生に,僕のことをコイツはアメリカ人が大嫌いだ.しかし,アメリカの会社は大好きな日本人と紹介している.プラグマティズムの果てのあの軽薄さと騒々しさは大嫌いだ.逆に,その友人は日本の会社は嫌いだが,日本人は好きだと言っている.) もちろん,時間の限られているサラリーマンでは,1本の既成ルートに固執せざるを得ない現実はあるが….(もし,そうならば,ずっと前に評判となった唐沢岳・幕岩の僕のルートを思えばよい.)

結局のところ,縦走にしても,どんなにやさしいルートであれ,身の丈にあったルート組み合わせをどのようにして行うかの課題,つまり,「山をいかにして創るか」の課題設定がない以上,他人や一部雑誌メディアの模倣や一部のプロ化した登山者の物まねに終わり,ルートを並べただけの「山登り・岩登り」に始終し,意味のない空虚なものになると考える.なすべき行為は,自己行為としての開拓精神を堅持し,その中の一つとしての課題設定として,誰もが「美しい」と思われる「山登りの創造」が目標であり,その目標の実践にこそ「山登り」の意味があると思う.それがない以上,意味がゼロである.


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