■5月4日(月・祝) 霧→曇→晴
02:00起床/05:25発−05:55_1901m?−06:25北戸蔦別岳−07:10キレットの先(登山者2人と交差)−08:25戸蔦別岳(ザックをデポ)09:00−11:00_1940m峰(ワカンを履く)−12:00幌尻岳山頂12:40−14:55戸蔦別岳15:40−16:20_1753m下(泊)

 天気は回復していないが予定通り2時起床。遅いほうが可能性あるかと、1時間遅らせて5時すぎに出発。風が強くないのでまず安心した。ガスで何も見えないが、残り日数が少ないのでここはガマンして先へ進む。
 北戸蔦をすぎ、「キレット」というちょっとした難所をすぎ、本山行で初めて人(2人組)に出会う。地元の登山者で、天気が悪いのでポロシリは行かず、ピパイロ〜伏見から下山するそうだ。戸蔦へ登ると雲が切れ、晴れを確信。荷物をデポして、アイゼン、ワカンを持ってポロシリへ向かう。もう1人、百名山コレクターの若い単独登山者とも遭遇。素手でサングラスもしていない、雪目で目が見えないなどと言っている、変なやつだった。
 ポロシリにはガスのなか登頂。その帰路、ついに雲が取れて、ポロシリは雄大な姿を現わした。日高中部の主峰がすべて立ち並び、その中心で私たちはぼう然と見とれるばかり。日高はあまりにも巨大だった。

■5月5日(火・祝) 晴、夜小雨
03:00起床/05:20発−(単独男性に会う)−06:15_1803m峰−(スキーの2人組に会う)−06:55八ノ沢左岸尾根分岐07:35−09:00_1780m峰(1753m手前)09:25−10:45カムイ岳11:10−11:45北東尾根分岐12:10(中高年3人組に会う)−13:10_1488m13:25−15:00北東尾根取付(林道)−16:05びれい橋16:30(タクシー)=17:15「中札内小学校前」バス停(道の駅、スーパーあり)17:32(路線バス)=18:30帯広駅
・びれい橋−中札内小学校前\8,440 【中札内ハイヤー/0155-67-2053】
・中札内−帯広\720 【路線バス】

 予報では気圧の谷が通過するといっていたが、今日も晴れ。テント場を出てすぐ単独行の男性と交差した。ハーネスをして短いピッケルを持っているからクライマーだ。八ノ沢左岸尾根から登ったとのこと。1803m峰に大きな登り返しをすると、雪庇上に彼のテントがあった。次の1790m峰は八ノ沢左岸尾根が合流するポイントで、2人組のスキーヤーがシールのまま滑ってきて、手前のコルからはシールを外して新冠川に下ったようだ。登り返して七ツ沼方面へ行くのだろうか。このへんから見るポロシリは5つのカールを抱いて雄大にそびえている。もうすぐこの展望も見られなくなると思うと、つい長居をしてしまう。
 稜線はやせてきて、雪庇のつき方が不安定に見える場所もある。不安なときは夏道の踏み跡を踏んだり、小さな岩場を越えたり、ポロシリ側のハイマツを漕いだりして行く。とにかく雪庇はいつか落ちるので、それに巻き込まれるのだけは避けたい(人間の知識など狭いもので、われわれの予想を越えるような意外な落ち方をするかもしれない)。
 2番目の登り返しで1780mピークに立ち、ここでポロシリの展望にもお別れ。稜線は左に曲がってエサオマントッタベツ岳が正面になる。この山もカールが大きく、名峰の風格があるカッコイイ山である。3番目の登り返しで1750mピーク、もう少しがんばってカムイ岳(神威岳=北カムイ)に着くと三角点があった。ここで日高とお別れする。
 隣の1670mピークに来ると、エサオマン方面から下ってきた中高年3人組に会った。北東尾根上部にベーステントを張って、エサオマンとポロシリをそれぞれ1日で往復するという。なるほどそういう登り方もあるのか。北東尾根上部はきれいなカンバの森の中にあり、どこも快適なテントサイトになりそう。
 ワカンのまま北東尾根を下降し、約1時間で1488mピーク、さらに標高差840mを約1時間半で下った。途中からは雪がなくなって、ヤブっぽい尾根の踏み跡を下ったりした。戸蔦別川の林道は目のさめる新緑のなかにあり、雪の上には登山者のそれと交差しながら、ヒグマの新しい足跡がいくつも記されていた。

       


■その後
 北東尾根山上から連絡した中札内ハイヤーで、中札内のバス停まで運んでもらい、そこから路線バスで南十勝の田園風景を楽しみつつ帯広へ。駅前のビジネスホテルへ飛び込み宿泊(ホテルルートイン、シングル朝食付き\5,800)。駅前の焼肉・平和園で夕食&打ち上げ。A山さんは珍しく飲みすぎ、N村はいつも通り飲みすぎて店内で居眠りした。
 翌日の6日、お菓子がうまい帯広の老舗菓子店(六花亭、柳月)や駅ビル内のお店を見物したあと、レンタカーを借りて日高山麓を南下するドライブ。浦河で海岸沿いに出て、苫小牧、新千歳と走った。中札内あたりから見渡した日高山脈は特にすばらしかった。
 すっかり日高が好きになって帰ってきた3人だが、カムエクは幻に終わったことだし、やはりまた行かなくてはならないだろう。今年の夏なのか、はたまた来年の同じ時期になるかはわからないが、セックンをして、さらに軽量化を研究して臨みたい。(記=N村)

日高縦走 報告

2009年4月29日−5月6日
メンバー=A山、S村、N村(L)

 北日高の最高峰である芽室岳から南下する計画にした。A山さん、S村さんは中日高の核心であるカムエク(カムイエクウチカウシ山)にこだわりがあり、札内川からカムエクにまず登って、それから北上するプランもあった。しかし、初めての日高はやはり入山が最も容易な芽室から始めて、徐々に核心へ近づいていくのが自然な感じでいいなあ……という、私の独断(ワガママ)で。

■4月29日(水・祝) 晴
羽田空港発07:00(全日空51便)=08:30新千歳空港09:19(エアポート93号)=09:22南千歳09:33(JR石勝線「スーパーおおぞら3号」)=11:07新得11:34(JR根室本線各停)=11:56羽帯/タクシーで登山口へ【昭和タクシー:0156-62-2165】=12:50芽室小屋13:15−14:40_955m地点−15:15_1130m地点(泊)

 12:20ごろ、タクシーは登山口の約5km手前で雪のためストップ。歩く覚悟で用意をしていると、登山口へ友人を迎えに行くというRV車が通りかかって乗せてくれた。前週の大雪で林道は四駆でも走行可能かどうかギリギリの状況でもあり、車体が重くなって助かったとドライバー氏に言われた。車窓から見る雪上には動物の足跡がたくさんあって、ニンゲンのごとく林道上を歩いている足跡は、クマのものだと彼は驚きもせず言っていた。
 登山口から、この日は2ピッチ(約2時間)ほど登ってテント泊。軽量化に失敗したザックはパンパンに膨れ上がり、体力がもつかと思えば正直気が重い。雪は深くはないが、トレースは全くなし。ルートが一部それたせいで、ドライバー氏の友人パーティとはすれ違いで会えなかった。

■5月2日(土) 快晴
02:00起床/04:05発−06:15_1696m峰−07:15_1707m峰07:30−08:00_1712m峰−09:15_1590mの先の鞍部−(途中15分休憩、アイゼンに履き替える)−10:45_ピパイロ分岐−12:30_1967m峰12:50−(1856m手前のピークで休憩20分)−15:00_1770m鞍部(泊) 2時間半かけて整地&雪ブロックを積む

 最初の斜面の登りで日の出をむかえる。大きな稜線の巨大な雪庇のきわを行くと、ヒシヒシと日高のスケールを感じる。2〜3時間後、稜線が部分的にやせてきて小岩峰など現われ、少し滑落も気づかうぐらいになった。ここでクマの足跡を発見。続いてキツネの足跡も。テント適地の広い鞍部(1550m)からピパイロの急斜面を登ると、北日高の彼方に大雪・十勝・石狩連峰の白い山脈、芦別や夕張岳などがるいるいと連なった。「来てよかったー!」とS村さんから声が出る。なんてぜいたくな山旅をしていることだろうか。
 ピパイロ分岐から日高の核心部に入り、山容も大きく変わる。トッタベツ、ポロシリ、エサオマン、カムエクなど主要峰が勢ぞろいしている。1967mの無名峰は急な雪稜を登る。ピパイロの登りに続いて、たいがいはバテるところだろう。想定していたトッタベツには届かず、手前の1770mコルにテント場をつくる。雪面を掘り下げてブロックを積んだが、夜中にブロックの一部が崩れた。テントが壊れるかと心配なほどの強風だった。

■5月3日(日・祝) 霧と小雨
終日停滞

 起床時刻の2時、「起きてもしょうがないので」とS村さんの声がかかり、そのまま停滞。ゴロゴロと寝てすごす。天気図だけはちゃんとつけた。
 北方の低気圧からのびる気圧の谷が今日は通過する。しかし、強い谷ではなく、比較的弱いものである。5月1日にも気圧の谷が通過したが、それも天気図上で低気圧や前線記号にならないぐらい、等圧線の凹み程度の小さな谷だった。それでも停滞。とにかく、あの強風は恐怖だったので。
 この日停滞したことで、カムエクまで行くのは、ポロシリ往復をカットしないかぎり無理になる。ポロシリを登らずカムエクをめざすのはあまりに不自然な選択だと思うので、やはりポロシリは登ろうということに。

(S村さんメモ)
02:30 目覚ましが鳴るが、こんな状況で歩けるわけが無い。暗黙の了解状態で誰もシュラフから出ない。
06:45 Nさんがゴソゴソ起き出して、ラジオの天気予報をつける。酔いそうなほどテントがぶんぶん揺れている。
08:30 強風で雪ブロックが崩れた。外へ出て修繕する。周囲はガス。
09:10 気象通報、Nさんが天気図を取る。相変わらずここは気圧の谷、風は止まない。
10:00 お茶タイムに続き、朝ごはん。食べている最中にフライが破れた。応急処置&張りなおす。A山さんの雑炊×2回戦でお腹一杯。
12:30〜 昼寝タイム
16:00 気象通報。天気は悪くないのだけど、この風はどうしろっていうの。夕食に続き、少しの酒タイム。寝る前にトイレに出ると、ガスの切れ間が出ていた。風が弱まった(気がする)。
19:00 就寝。夜半より再び風が強まり、テントを振りまわす。

      

■5月1日(金) 晴、さらに風強い
02:10起床/04:30発−04:45ルベシベ分岐−6:00ごろ_1644mピーク−7:30ごろ_八ノ沢側支稜1430m付近(泊)

 ルベシベ分岐の稜線(ジャンクション)に出ると、体が倒されるほどの強風で恐怖を感じる。風が弱まるタイミングでタタタッと進むが、先頭の私と、A山さん、S村さんとの間があく。ロープを結ばないとやばいかと考えながら2人の様子をうかがっていた。斜面は比較的ゆるやかでハイマツもあり、かりに転倒しても致命的な滑落にはならないだろう(と、願っていた)。
 風上側(稜線よりもかなり下側)にコースをとりつつジリジリと進み、小ピークを越えると風下側に出てひと息つけた。急いでザックを下ろしオーバーミトンを出す。(このときにザック上部につけていたロープを置き忘れたとばかり思っていた)
 地形の関係から、以後は風が弱まるのではと期待したが、まともに進めないほどの強風がまだ続いた。S村さんが無理だから避難しましょうと言い、そうすることに。八ノ沢側の支稜を100mほど下り、カンバの大木のそばにテントを張った。
 一段落してロープが見当たらないことに気づいて、S村さんと2人で前日のテント場まで探しに行った。稜線はやはり強風で、ロープはどこにも見つからない。この日停滞したことで、カムエクまで行くのはいっぱいいっぱいの日程になってしまった。

(S村さんメモ)
 風がいっそう強くなった。息ができない。A山さんは四つん這いで進んでいる。強風で立ち上がれない。耐風姿勢から動くことができない。
 1644mピークどうにか越す。主稜線を進むのは無理だと判断。1644mの先、1590m付近から派生する尾根に避難。1430m付近で幕営。無風快晴、なんて平和なんだ。斜面をL字に掘って、最高のテントサイトが完成。
 Nさんが「ザイルなくした」と言う。
11:00 テント発(N村・S村)、ザイルを探しに行く。稜線は相変わらずの強風(狂風)。
12:20 前の幕営地。やっぱりない。仕方ない(〜12:27)。
13:10 テント帰着。
 せっかく作った風防ブロックが、あまりに暖かくてとけてきた。なんて静かな、穏やかな夜だったのだろう!

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■4月30日(木) 晴、風強い
02:00起床/04:10発−06:48_1690m地点(主稜線に出たところ)−07:15芽室岳山頂07:50−09:40_1633m通過−(途中30分休憩)−11:05_1622m通過−12:20_1726m12:45−15:15_1565m(泊)(ルベシベ分岐への最後の登りにかかる手前)

 芽室岳を越して縦走になれば楽になるかと思ったが、その読みは甘く、けっこうアップダウンが激しい。午前10時ごろから雪面がゆるんで靴がもぐるようになれば、湿雪のラッセルのようで苦しく、ペースもがくんと落ちてしまう。極端とも思えるほどの早出早着きが、残雪の日高を歩くコツである。
 風が弱そうな場所を選んでテントを張るが、一晩中、強風とテントがあおられた横殴りパンチとで、よく眠れずに朝を迎えた。それもこれも、きつい日高の洗礼ではある。