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 記録概要 
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1月9日(土) スキー場手前から雪、上部では雪&視界悪い
 わたぐものメンバー4人で雪山に登った。
 朝7時ごろ高田馬場駅〜11時ごろ川場スキー場(リフト2台)〜12時すぎスキー場最上部。
 スノーシューを履いて歩き始める。
 すぐ前を登山者(わかん)が登って行ったが、20分ほどで追いつくと、その人はコースの横にそれて休んでいた。そこから急斜面になり、深い雪のラッセルが始まる。スノーシューで腰上までもぐる。横に持ったストックで雪をかき落として雪面を下げ、そこにスノーシューで踏み込むという、2段階方式のラッセルをやるが、踏み込んだスノーシューはズルズルと後退して苦しい。
 現代的な用具をまとっても、厳しい状況になればなるほど、ラッセルは体力勝負といえる。
 ここを越えたら後続に交替できると信じて、全力少し手前のラッセルでがんばる。
 急斜面を登り切ると、後続とは間隔があいていた。待っているうちに疲れは解消していたので、そのままトップで行く。疲れたときに替わってもらえればいいのだから。
 傾斜がゆるやかになり、直感的にラインを選びながら進む。視界はかなり悪いというか、ほとんどなし(ときどき薄く前の稜線が見える程度)。


  

頂上直下から、先頭のS村さんはA山さんと相談しながら、大きく右にトラバースを始めた。雪の薄いガレっぽい場所に出てアイゼンに履き替え、スノーシューとストックはデポ。ここから直上すると小さな垂直の雪壁に阻まれた。スコップを取り出して掘り進み、なんとか越えると、そこが頂上だった。
 あとからM藤さんからきいたが、A山さんはここで滑落して4〜5m流されたそうだ。自然に停止するような地形と雪質ではあったが、ここはロープを出すのが正解だったと思う。

 帰り、トレースはもう9割方消えている。途中から視力のよいS村さんがほとんど先頭になり、私は2番目になったり最後についたりした。1か所コースを外れかかったが、ほぼ迷うこともなくテント場に帰り着く。時間的にはきびしいが、メンバーの疲労を考えていったんテントに入り、お茶をわかして1時間ほど大休止する。それから撤収してふたたび下山開始。
 剣ヶ峰山はアイゼンで越し、ふたたびスノーシューになると、あとはがんばるだけである。
スキー場の上にはテントのパーティがいた。声をかけて通り過ぎ、スキー場に下り着いたのは17時を少し回った時刻だった。
 短くて楽勝のコースかと思っていたが、雪とラッセルのためけっこう本気の雪山でおもしろかった。また、スノーシューを本格的に使った初めての雪山経験でもあった。
(以上、N村ブログより転載)

上州武尊山
―厳冬期100名山登頂―

2010年1月9日(土)〜10日(日)
■メンバー A山、S村、M藤、N村(L)
■コースタイム ※M藤、S村、一部N村も補充
1/9 高田馬場駅集合7:00/7:45車で川場スキー場へ(N村40分の大遅刻)=川場着(時刻不明)、リフトで一番上に=12:00出発―深いラッセルが続く―剣が峰、アイゼンで岩場下り―15:00頃テント場(風をよける窪地)……21:00頃就寝
1月10日(日) 雪、昼ごろ一瞬青空ものぞく
5:30起床、テント場出発7:45―9:00最低鞍部―9:30頃10〜15分休憩(台地状の手前)―雪庇気味の雪壁を直登して頂上へ、11:00武尊山頂上11:10―13:30テント場、大休止後撤収15:00―17:00スキー場上部―18:30駐車場=(関越渋滞)23:00過ぎに高田馬場着、解散

少し先で先頭を替わってもらった。積雪はまだ少なく、風上側に寄りすぎてブッシュの出かかっているところを踏むとズボッと踏み抜く。それを避けるにはブッシュの出ていないところを選ぶのだが、そこは雪庇に入りかかっているかもしれず、警戒が必要である。
 2度目の急斜面手前(剣ヶ峰山の登り)で、A山さんが雪崩はないと思うが、念のために間隔を空けていってはどうかと言う。そこまで考えるなら、理論的にはビーコンを装着すべきだなぁと思う。先頭のA山さん以外の3人は、ビーコンを装着した(事情によりビーコンは3台しかない)。
 相当深い吹き溜まりで、確かに積雪状況によっては雪崩のありえる斜面だった。
 登り切ると祠の頭が出ている小ピーク。深い雪は終わり、もうひと登りすると急に稜線の左右がやせた状況になり、転倒、滑落は厳禁。不安がある人にはロープを結びたいところ。そこが剣ヶ峰山頂上だった。
 何も見えないし、狭いし、不安なので、休みもせずすぐに下る。
が、岩が出ていて、スノーシューでは難しいので、アイゼンに替える。M藤さんが不安を訴えるので、ロープを結んでコンティニュアスにした。ほんの短い間で難しくはなかったが、こうして意思疎通することは何より大事なことである。
 こんなとき少し無理をして「だいじょうぶ」と言う人のほうが危険なのである。

 適切な時間はもう過ぎている。稜線から左方向に見える、風の弱そうな庇状の風下側に行ってみることにした。途中、吹き溜まりに入ったか、ズルズルと腰上まで沈んでいく雪に、前へも後ろへも進めなくなる。正月遭難の山田哲哉ガイドのパーティはこんな状況だったかと思った。
予想通り風の弱い場所で、快適なテントの夜を過ごすことができた。

1月10日(日) 雪、昼ごろ一瞬青空ものぞく
 天気予報は晴れの期待も抱かせたが、4:00ごろにはテントに雪の当たる音がしていた。
少し弱気になり、予定より30分ほど寝過ごす。
 行けるところまで行って引き返す予定で出発(リミット12:00)。6:30発の予定が1時間以上遅れた。優柔不断な悪いところだが、この天気ではあきらめ半分でも仕方ないか。
 しかし、歩き出してみるとしだいに調子が上がってきた。
 スノーシューの威力を感じつつ快調に進む。
 帰りに迷わないかと、つねに考えながら歩いていた。1時間30分ほど登って、ちょっと風の弱まるところがあったので休憩にする。充分に登れそうな状況になってきた。

 雪原のような広い稜線に出て横風が最強になった。M藤さんが手の感覚がないと言い、A山さんの予備のオーバーグローブを重ねてなんとかしのぐ。私も指がしびれていて、さっきから握ったりたたいたりして感覚を確かめながら歩いている。冷たくて痛い状況から正常に回復するときは火照って熱くなるはずだ。冷たくて痛い状況からそのまま感覚がなくなったら凍傷の危険が大きい。
 顔も凍傷になるので、何度も毛の帽子を引き寄せたり、風上側のフードを引っ張り下げたりする。がまんしないで、できることはなんでもやることが大事だ。
 とはいえ、もっと本格的な目出帽やグローブを持って来なかったことを反省していた。